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2022年4月27日

●自分の心が嫌がることはしない

武者小路実篤。
好きな作家です。
彼のある小説のなかに、こんなくだりがありました。
「私はね作物が嫌がることを、同時に自分も信じてはおらんのだよ。」
農家の人が話していたシーンだったかな。
人もそれでいいのだと思う。
自分の体や心が嫌がること、
嫌だと言っている感覚に従って生きればいい。
畑や庭のことをやっていると、いつもこの言葉を思い出します。
たぶん、間違いはない。
私には、心が嫌がることがたくさんある。
でも、クライアントの中には、嫌なことを、たくさん我慢している人がいる。
何で?これを変に思わないの?
何で?嫌いなのに一緒にいるの?
何で?直接、嫌だって相手に言わないの?
何で?自分を大切にしないの?
何で?あの人の悪口言ってたのに、また付き合ってんの?
何で?なんども騙されてるのにまた、相手を信じようとするの?
クライアントに問いかける。
そこには、嫌な相手からも嫌われたくない、恐れが見え隠れ。
そして、嫌いな人とも、付き合っていくことで、密かに得をしようとする意図も感じられました。
え?あなた?
もしもし?
あなたはどこにいるの?
ハンドルは誰が握っているの?
運転席に何故、あなたが嫌いな人を座らせるの?
その人は、嫌いな相手に対して、無意識に依存していることに、自分で気がついていないんだな、たぶん。
嫌な相手から、時々もらえる甘い蜜を、
相変わらず期待しているのです。
軸が完全にずれている。
ハーモニーで言えば、
ピッチが悪い。
それでは、なかなか望ましい生き方はできない。
「嫌いになってくれたら、かえって都合がいいじゃないの?違う?」
「だって、なにか言いふらされたら嫌だから。」
「それが、真実でないなら、平気じゃない?何を言われても。」
「打ち消すことさえ、面倒くさいんです。」
堂々巡り。
答えは簡単なのに。
自分の心が嫌がる人とは、
付き合わなければいいだけ。
関わらなければいいだけ。
友達はね、たくさんいなくていいの。
本当の友達がひとりでもいればね。
私は自分という親友を大切にする。
そうしたら、大抵のことは乗り越えていけるからね。
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